Black Summoner

Chapter 336: 327


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―――火の国ファーニス・宿の酒場

一足先に宿へと戻った俺たちは、そのまま酒場へと向かい椅子に座る。そしてすかさず店員に酒を注文。もちろんジョッキで。真昼間から酒とはけしからんだと? うっさい、今日はめでたい日だ。今祝い酒をしないでいつするというのか。

「妹達のお使い成功を祝して―――」

「孫達の成長を祝して―――」

よく冷えたジョッキを掲げる。

「「―――乾杯っ!」」

カーンと小気味良い音を鳴らし、一呼吸で中身を飲み干す。うーん、美味い! 俺はジェラールほど酒好きではないが、こういう酒は大歓迎だ。互いの興奮を、互いの喜びを共有できる最高の道具だからな。

「おーい、昼間から何で酒盛りしているんだい。ケルヴィン君?」

「アンジェか。聞いてくれ、リオンとシュトラのお使いが成功した。大成功だ!」

「お使いとは長い旅路でな。山あり谷ありのサクセスストーリーじゃった。ワシ、感動して目が霞んじゃって……!」

「うん。分かった、分かったから落ち着こう。あ、店員さん。私はパインジュースで」

それから俺とジェラールはアンジェの為に熱く語った。目的地である店(ゴール)までの遠い道のり。道を塞ぐ2人の魔女の登場。繰り広げられる熱き戦い(フードバトル)。我慢できずに飛び出そうとするジェラールを必死に止める俺。逆も然り―――

「貴方達、姿が見えないと思ったらなんて馬鹿なことをしてたのよ……」

「ご主人様、ただいま戻りました」

「ふぁんふぁふぁふぁ!」

おっと、語りに夢中になり過ぎてしまったようだ。気が付けばセラ、エフィル、メルも宿に戻って来ていた。抱える紙袋を見る限り、こちらは女性物の日用品を買いに行っていたようだ。女神様だけは食い物な気がしてならないが、たぶん気のせいだろう。メルだって女の子だ、口に頬張ってるあれも違うと思うことにする。

「もぐもぐ…… ごくん。あなた様、その戦いについて詳しく!」

「あー、もう終わった話なんだ。すまん」

「そ、そんな……」

メルが世界が終わったかのような顔をする。それ、女神様がしちゃいけない表情じゃなかろうか? それにお前、両手で抱えるものが目の前にあるだろうに。頑張って日用品だと思い込もうとしたけど、やっぱり無理だったよ。どう見ても南国フルーツに肉の山だよ。

しかしメルフィーナの食いっぷりに慣れているこの身であるが、ムドファラクのそれもなかなかのもので驚いたものだ。2人掛かりで勝負する双子姫を相手に、真向から立ち向かい見事勝利したのだ。氷の食べ過ぎで頭を抱えながらも、各々5皿ずつを平らげた褐色少女達の気迫には素直に感嘆したものだが、ムドファラクは余裕の表情でその3倍はカップを空にしていた。

まあ、本体ともいえる竜型があのサイズだからな。人型であればその必要分の食事を取れば事足りるが、食べようと思えば竜型の時ほどに食べることができるようだ。最近はより満足度を得る為に人型で食すことが多かったが、まさか本気になった竜王様がここまでとは…… 青髪のムドファラクは寒さに強いし、この勝負は勝利すべくして勝利した戦いといえるかな。スイーツ系であれば、ムドファラクの食い意地はメルを上回る、か?

―――ないな。

「「ただいま~」」

おお、英雄の帰還だ。皆、手厚く出迎えるのだ!

「うおおん、立派になりおって……」

いや、そこまで感極まるのはちょっと。

「お帰り。買い物は上手くできたか?」

「うん! 色々あったけど、必要なものは格安で全部揃ったよ!」

「ムドちゃんに助けられた感じだったかな~」

「個人的に満足した」

「それは重畳。さあ、膝の上に来るといい」

「ケルにい、もしかしなくても酔ってる?」

「珍しくかなり酔ってるよー。リオンちゃんにシュトラちゃんも気をつけなよー」

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「あはは、大丈夫だよー」

「うんうん、大丈夫~」

アンジェに注意を促されるもリオンとシュトラはトテトテと俺の膝の上に、所謂特等席に座ってくれた。あれ? 視界が霞んできやがった。ジェラールの病気が移ってしまったのか? 兎も角、誠心誠意心を込めて2人の頭を撫でてやる。今の俺にはそれくらいしかできない。 

「「~♪」」

「ケルヴィン。感涙とご満悦のところ申し訳ないんだけどさ、ちょっと耳に入れておいてほしいことがあるんだけど」

む、アンジェが真面目な声色だ。ほろ酔い状態ではあるが、ここは俺も真面目に聞かせてもらおう。撫でる手はそのままで。

「ああ、いいぞ。話を聞かせてもらおうか」

「表情は真剣なのにいまいち決まらないのは我慢するよ。それがさ、浜辺での王様や兵の様子がちょっと気になって、さっきお城に忍び込んでみたんだけど」

気軽に国の最重要区画に入ってくれるなよ。まあ、アンジェなら万が一つの確立でもバレないだろうけど。

「ファーニスのお姫様がお城に帰って来た辺りから、なんだか酷くご立腹な感じだったよ。元々私たちを警戒していたみたいだけど、疑惑から確信に変わる瞬間を目にしたっていうのかな? まあ、良い印象を持ってはいないみたい」

「あー、道理で王城から嫌な気配を感じるのね。憎しみとか敵討ちとか、そんな感情が溢れているもの」

「おお、さっすがセラさん。 ……ちなみに何でそんな遠くにいるの?」

「ケルヴィンの安全の為よ!」

アンジェだけでなく、遠巻きに話すセラも同意見か。

「リオンちゃん、もしかして……」

「う、うーん……」

リオンとシュトラが不安がる。一部始終を見ていた俺は声を大きくして言いたい。それは違うと!

「2人とも、それは違うぞい! お主らは正しい!」

「え? う、うん?」

お前が言うんかい、ジェラール。

しかしなぜだ? リオン達の行動に問題は特になかった。大食い勝負の後の姫さんらの介抱もちゃんとしていたし、城に帰れるよう城門前に寝かせておいた筈だ。かき氷の代金も、ムドファラクの食いっぷりに感動した気前の良い店主がタダにしてくれたので、結局のところあちら側に損害はなかった。うーむ、怒りを買う覚えが全くないぞ?

「……まさか、贈り物として用意したダイオウイカがいけなかったのでしょうか?」

エフィルが不安そうに呟く。しかし、それこそ馬鹿な話だ。あのダイオウイカはエフィルの手によって特有の生臭さを完全に排除し、頭から足先まで新鮮そのもの。刺身が生臭いと嫌う外国人でさえ喜んで食べるであろう伝説級の素材へと変身した一品なんだぞ。それもあの量だ、一体どれ程のエンゲル係数を補えると思っているんだ。

「エフィル、それは絶対にあり得ない。仮にあれをツバキ様に渡したら泣いて喜ぶ。それほどに素晴らしい処理をしている」

「ご、ご主人様……!」

むう、やはり原因が分からない。ただ、このままファーニスに滞在していては厄介な事になりそうだ。特に目ぼしい人材は見当たらない。3人のお蔭で必要な買い出しは終わっている。んー、ここは予定を早めるか。

「よし、このまま奈落の地(アビスランド)を目指しちゃうか」

反対の意見はこの地に未練を残すメルしかいないようだ。方針決定。ということで、俺たちは早々に旅立ちの準備を整える。ああ、そうだ。宿にも宿泊の取り消しを知らせておかないとな。酒場の隣にあるカウンターへ。

「悪いが3日分の宿泊はキャンセルだ。代金は払うよ」

ぴったり人数分の金をカウンターに置く。

「そ、そんな! お客様、当方で何か失礼を働きましたでしょうか!?」

「いや、そんなことは―――」

「この通りでございます! 何卒、何卒寛大なご配慮をっ!」

なぜにただチェックアウトするのに平伏されなければならんのか。

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