「くぉぉおおおおおおお!!」
フォムスが狂気の大声をあげる。
両腕を大きく広げ――天を仰ぎ――この世のすべてを恨んでいるかのような胴間声(どうまごえ)だった。
さすが、影石で強化されているだけはあるか。
まだまだピンピンしているな。
「許さぬ! 許さぬぞ、アリオス・マクバ!!」
そしてその狂気の瞳が、ひたと僕に据えられた。
――ありゃ、やばいな。
完全に我を失ってる。
強大な力を得たのと引き替えに、人格に悪影響が及んでいるのかもしれないな。あいつと初めて会ったときは、もっと知的な人物に見えたのだが。
「ハァァァァアア!」
フォムスは再び影石を高く掲げると、先ほどと同様、多くの魔力を流し込んだ。
また自分を強化するつもりか――!
咄嗟に構える僕に向けて、フォムスは静かに右手を突き出す。そして次の瞬間、僕はかっと目を見開いた。
スキル発動。原理破壊。
――――――
《原理破壊一覧》
・飛翔
・転移
――――――
選択する能力は《飛翔》。
今回はこれが役立つはずだ。
僕は瞬時に天空に浮かび上がると――
ボォォォォォオオオ!!
コンマ一秒の差で、元いた場所に強烈な暴風が発生した。しかもかなりの魔力だ。あれに呑み込まれれば、間違いなく大ダメージは必須だろう。
「あれは風魔法……しかも上級魔法か」
あの威力から察するに、かなり高度な魔法だと推察できる。
だがフォムスは純粋な剣士だったはず。
それが急に上級魔法を使えるようになったということは――あれも影石の影響か。僕のチートコードに負けず劣らず、あれも常軌を逸してるな。
「ぐぬ……」
僕を見上げながら、フォムスが憎々しげに口元を歪ませる。
「無礼者めが! この私を頭上から見下ろすな!!」
フォムスの風魔法が再び発動。
今度は自分自身に風を放ったようだな。
「誤算だったなアリオス・マクバ! 空を飛ぶくらい、私には造作もないことだ!」
風に乗ったフォムスが、勢いよくこちらに突っ込んでくる。
――速い。
かなり高威力の風魔法を使っているんだろうな。フォムスは瞬く間に僕との距離を詰めてきた。
ガキン! と。
差し向けられた刀身を、僕は事もなげに受け止める。
そして。
「そらそらそらそらぁ!!」
ガキンガキンガキン!!
そのまま僕とフォムスは空中で剣戟を繰り広げた。
あいつの特殊スキル《万物反射》はかなり厄介だが、転移もしくは無敵時間(極小)を使えば切り抜けられる。決して勝てぬ相手じゃない。
「見える! 見えているぞ! アリオス・マクバ!」
狂気の笑声を発しながら、フォムスは僕に剣を振るい続ける。
僕の動きを視認できていることがよほど嬉しいらしい。
その表情は勝利を確信していた。
――その油断が命取りだ。
「せあああああっ!」
雄叫びをあげつつ、僕は初めて本気を出す。
淵源流、一の型。
真・神速ノ一閃。
もちろん《無敵時間(極小)》の発動は忘れない。これがなければあいつの《万物反射》によってことごとく弾き返されてしまうからな。
「な、にっ……!」
慌てたように目を見開くフォムス。
――だが、もう手遅れだ。
僕の剣はフォムスの左腕を的確に捉え、その衝撃によって奴から影石が落ちていく。
「し、しまっ……!」
「させるか!!」
すぐさま影石を確保しにいこうとするフォムスだが、もちろんそうはさせない。
《原理破壊》を発動し、《転移》を使用。
これがあれば、基本、追い抜かれることはない。
「……せいっと」
地上に降り立ちつつ、僕は影石を右手に確保する。
――あなたは今頃、謎の宝石について悩んでおられるでしょう。ですがそれはあなたが持っていてください。あなたが持っていれば、原則(・・)は暴発しないはずです――
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かつての女神の助言通り、僕が影石を握った途端、漆黒の波動は見る見るうちに収まっていった。
これでもう、フォムスが強化されることはないだろう。これ以上未知の能力を授けられたら、さすがに厄介である。
「波動が……消えた……。馬鹿な……」
目をくわっと見開き、身体をわななかせるフォムス。
「影石を制御するとは……。神にしかできぬ所行を、なぜ貴様が……!!」
「さあな。どうだか」
それにしても――この影石は他のものとはちょっと違うな。
感じる魔力が段違いだ。
もしかしたら、影石にも質の差があるのかもしれないな。これまでも影石の使用者とは何度も戦ってきたが、フォムスだけ格段に強かった。
――ま、そのへんの考察は後回しでいいだろう。
僕は影石を懐にしまうと、改めてフォムスと対峙する。
ちなみに現在は僕もフォムスも地面に降り立っている。影石を追いかけた際、自然に地上に着地した形だな。
「待ってくれ」
そんな僕の肩を、後ろから叩く者がいた。
白銀の剣聖――ダドリー・クレイスだ。
「おまえに全部やらせるわけにはいかねえ。俺も……いくぞ」
「ダドリー……。戦えるのか、その姿で」
全身傷だらけ。服はボロボロ。
額から流れる細い血液が、ダドリーの頬をゆっくり流れている。
それでも戦うと。
ダドリーはそう言ったのだ。
「はん、当たり前だろうが」
そう言いながら、いつもの憎たらしい笑みを浮かべるダドリー。
「この俺を誰だと思ってやがる。最強の《白銀の剣聖》――ダドリー・クレイスだ」
「はは……そうか」
僕はふっと笑いながら、チートコード操作を起動する。
選ぶ能力は《対象者の攻撃力の書き換え(小)》。これを用いて、ダドリーの攻撃力を4倍に引き上げた。
「なっ……なんだよ、この力は」
「おまえの攻撃力を4倍にした。これで大きなダメージを与えられるはずだ」
「よ、4倍ぃ!?」
ダドリーは素っ頓狂な声を響かせてから、数秒後、フォムスに目を向けながら呟いた。
「なあアリオス……。あいつにコテンパンにされて、初めて気づいたことがある」
「気づいたこと……?」
「ああ。俺に家族はいない。理由はわからねぇが無惨に捨てられてよ……その次に生まれた子どもは、すくすくと親に育てられてるって聞いた」
「…………」
「だから俺は無意識のうちに求めてたのかもしれねぇ。家族のように甘えられる存在と……遠くで暮らしてる《兄弟》をな」
「兄弟……」
そうか。
不本意ではあれど、僕とダドリーは兄弟弟子の関係にあたる。
そこにダドリーはなんらかの意味を見いだしていたということか……?
初めて聞くこととなった、ダドリーの本音だった。
「つもる話は後にしよう。いまは、あいつを――」
「ああ。わかってんさ」
僕とダドリーは改めてフォムスと対峙する。
「ぬああああああっ!!」
そのフォムス・スダノールは、影石を失ったことで大恐慌に陥っていた。さらに双眸を血走らせ、身体をぶるぶる震わせている。
「許さん! 許さんぞ若造どもが! 容赦なく叩き潰してくれる!!」
「へっ、やってみろよバーカ! マクバ流は破邪顕正の剣……てめぇなんざに負けるかっ!!」
ダドリーは高らかに叫ぶと、僕と視線を合わせ。
そして僕たちは同時に駆けだした。
――淵源流。
――マクバ流。
真・神速ノ一閃――!!
先祖ファルアスより受け継がれし伝説の剣技でもって、僕たちはフォムスに突撃していく。
二人とも同じ流儀であるためか、互いの呼吸はぴったりだった。
「無駄だ無駄だァ!!」
高らかに叫びじゃくるフォムス。
それと同時に奴のスキル《万物反射》が発動される。
「かっ……!!」
《無敵時間(極小)》を持たないダドリーだけが、大きく後方に吹き飛んでいく。
だがその表情は――どこか満足そうだった。
「後は頼んだぜ――アリオス!」
「ああ。任せておけ!!」
淵源流。一の秘剣。
――真・鳳凰剣。
瞬間、華麗に舞う鳳凰の姿が、フォムスの姿を丸ごと呑み込んだ。
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