She Professed Herself The Pupil Of The Wiseman (WN)

Chapter 216: 216 215 Report to Mariana


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二百十五

「さて……。〇九〇五、じゃったな」

改めて通信装置に向かい合ったミラは、いざ受話器を手に、召喚術の塔へ繋がる番号を……押そうとしたところで停止する。

(な、何と言うべきじゃろうか。何を話したら良いじゃろうか……。何やら緊張してきたのぅ)

さっきまで嫁だ何だと騒いでいたからか、今のミラの心境は、まるで好きな子に電話をかける時のそれに近い状態にあった。ここで、嫁の待つ自宅に電話をかける夫の心境になれれば良かったのだが、ミラにはまだ難しいようである。

しかし、心の整理がつくまで待っているわけにもいかない。そういった事には敏そうなマーテルが見ているのだ。ここでまごついていると、『補佐官の方と話すだけなのにそんなに緊張しちゃって。あらあらうふふ』と、万が一にも勘付く事があるかもしれない。

ミラは、一つ息を吐きながら、勢いでボタンを押した。

受話器から待機音が聞こえてくる。ミラはそれをどうにも落ち着かない様子で聞きながら、何を話したものかと考える。

『はい、こちら召喚術の塔、代行のクレオスです』

「何じゃ、お主か……」

瞬間、ミラはこれでもかというくらいに、がっかりとした声でため息をもらしていた。思えば確かに、クレオスが出る事だってあるだろう。しかし心の中では、マリアナが出るものだと決まっていたため、その裏切りは、それはもう言葉では言い表せない虚脱感をミラにもたらした。

『えっと、何だか棘のあるお言葉ですが、この声に、この話し方からして……ミラ様でしょうか?』

対してクレオスだが、期待外れとでもいった様子のミラの言葉に負ける事無く、むしろ期待に満ちた声でそう返してきた。

「うむ、そうじゃ。わしじゃよ。何やら、ほれ、マリアナが心配しておるとソロモンに聞いてのぅ。こうして連絡をしたわけじゃが──」

クレオスの登場で一度は冷めたものの、そこまで説明したところで再燃してきた緊張感。ミラはそれをぐっと抑えながら平静を装い、「──して、マリアナはおるか?」と、本題を告げた。

『やはりそうでしたか! ああ、助かります! マリアナさんですね。今、塔の清掃をしているはずですので直ぐに呼んで参ります。このまま少々お待ちください!』

どうやらソロモンから聞いた通り、マリアナの様子にクレオスも相当落ち着かなかったようだ。受話器の向こう側から聞こえてきた彼の声は、正に期待に応えて救世主が降臨したとばかりの喜びに満ちたものだった。

更に、受話器の向こう側から駆けていく足音と、扉を勢いよく開く音も聞こえてきた。随分と大急ぎでマリアナを呼びに行ったようである。

(さて、今のうちに……)

ふと出来たインターバルを、これ幸いとして、ミラはマリアナに話す内容の整理を始める。

まず話すのは、まったくの無事である事と、見事ソウルハウルを見つけた件だ。きっと喜んでくれるだろう。そう思って、にやにやと笑みを浮かべるミラ。

ただ問題は、次の任務についての報告である。

場所が不明の孤児院。それを知っていそうな、怪盗ファジーダイス。そんなファジーダイスが、ハクストハウゼンの街に現れるという。だが塔に戻ると間に合わない。そのため、このまま次に向かう。そう、マリアナに言い訳……説明するのだ。

マリアナに寂しい想いをさせるのは心苦しい。だがしかしミラにとっては、何だかんだで仲間と国も大切なのだ。ソロモンに頼まれたから、というだけではない。適当そうに見えるが、ミラもまた国を守るために頑張っているのである。

きっと、マリアナは理解してくれるはずだ。そう信じながら待つ事暫くした頃だった。

通信装置には保留音というものはなく、ただ静かな向こう側の音だけが受話器から伝わってきていた。と、そんな中に、ふと物音が混じった。

カツリカツリ。何かはわからないが、そんな物音が聞こえた直後、扉がゆっくりと開く音が響いた。

どうやら、マリアナが来たようだ。いよいよかと、ミラは押し入れの中にありながら姿勢を正して、きりりとした表情でマリアナの声を待つ。

だが、次の瞬間である。ガシャリと何かが落ちる音が受話器から発せられ、ミラはびくりと身体を震わせた。

「何じゃ、今のは……。おーい、マリアナやー。大丈夫かー?」

何だったのかはわからないが、気を取り直したミラは、そう呼びかける。すると今度は、ごそりごそりという小さな物音が受話器の向こう側から聞こえてきた。

マリアナではない。ならばいったい、何なのだろうか。

どうにも不安になってきたミラ。しかしそれは、直後に杞憂であるとわかった。

『きゅい! きゅい!』

そう、どこか甘えるような鳴き声が受話器を通して伝わって来たのである。

「おお、この声はルナじゃな。通信装置にも出られるとは、お利口さんじゃのぅ!」

『きゅいー!』

デレデレになりながらミラが話すと、嬉しそうなルナの声が響いた。一連の物音は、ルナの仕業だったのだ。

通信装置での会話は、塔の最上階の全てに聞こえるようになっている。そのため、別の場所のルナにもミラの声が聞こえていた。

そしてルナは、通信装置の使い方をマリアナやクレオスを見て覚えていた。だからこそルナはミラと話すために、扉を開けて受話器を落とし、今こうして声を伝えたのだ。

お利口さんのルナならば、その程度の事もきっとやってのける。流石ルナだとミラは絶賛した。

「うむうむ、元気にしておったか?」

『きゅいきゅい、きゅいー!』

「そうかそうか。毎日元気いっぱいか。良い事じゃのぅ」

『きゅいー!』

猫なで声で語りかけるミラと、はしゃぐように応えるルナ。果たして言葉が通じているのかどうかは不明だが、何となくで会話が成り立っていた。これぞアニマルテレパス。ペット愛好家達の間では、よくある現象の一つだ。

『きゅぃー』

「わしもじゃ、わしも会いたいぞー」

と、更にそんな会話を続けていた時だった。

『ルナ。そろそろマリアナさんに代わってあげましょう』

そうクレオスの声が受話器の向こう側から聞こえたのである。瞬間、受話器を手にしたままの状態で、ミラは固まった。

クレオスが言った、そろそろ代わってあげましょう。その言葉からは、傍で待っていたのだろうという事が窺える。つまり、マリアナとクレオスに、ルナとの会話を全て聞かれていたというわけだ。

(もう来ていたなら来ていたでなぜ早く言わぬー!)

ミラは、先ほどまでの猫なで声で話す自分を思い返しながら、一人悶絶した。

『ミラ様なのですね……』

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いつもよりもか細いマリアナの声が受話器から聞こえてくる。その様子から、思った以上に心配をかけてしまっていたようだと、ミラは改めて気付かされた。

「うむ。正真正銘わしじゃ。マリアナや。心配をかけてしまったようじゃな。すまんかったのぅ。じゃがこの通り、わしは元気なのでな。もう心配はいらぬぞ」

ミラは、そう一言一言丁寧に伝えた。そして不安にさせて申し訳ないという気持ちを抱きながらも、どこか本当の夫婦みたいだなと、にやりと頬を綻ばせる。

『はい、そのようですね。とても元気そうなお声でしたから』

先ほどのルナとのやり取りを言っているのだろう、マリアナの声は少しだけ悪戯っぽく、そして嬉しそうな色に満ちていた。

「ぬぐぅ……!」

その言葉を聞いたミラは、今一度その羞恥心から悶絶して頭を抱える。裸を見られてもどうという事のないミラであるが、自身が思い描く理想像とかけ離れているからか、猫なで声でペットと戯れる様子を見られたり聞かれたりする事は恥ずかしいようだ。

なお悶絶中に、『ミラさんみたいな飼い主さん、多いわよねぇ』『ああ、フォーセシアもそうだった』と、精霊王とマーテルの声が脳裏に響く。精霊組にもまた一部始終を見られていた事に今更気付いたミラは、二重に悶える。そんなミラの姿をワーズランベールは、気持ちはわかるとばかりに温かく見つめていた。

「まあ、そういうわけでのぅ。こうして地下都市の攻略も終わり、無事にソウルハウルの奴とも出会えたのじゃよ!」

どこか誤魔化すようにして、いきなり一番の成果を口にするミラ。するとまず、『おお、遂にソウルハウル様と!』というクレオスの喜ぶ声が響いてきた。

『お疲れ様です。流石はミラ様です』

続けてマリアナの優しい声が届く。更にその傍で祝福しているのか、ルナの声も受話器から伝わって来た。

上手く話題を変える事に成功したようだ。ミラは、しめしめとほくそ笑みながら、ソウルハウルの件について簡潔に説明する。

聖杯作りが終わるまでは、まだ戻っては来ない事。しかし、その作業は終盤であり、数ヶ月中には帰国するはずだと。

「というわけでのぅ、一先ず今の任務は終わったのじゃが、その……」

ミラは言い辛そうにしながらも、それを切り出した。先ほどまで、長く留守にして心配かけていたにもかかわらず、また暫く留守にするという話だ。言い辛くなるのも仕方がない。

だからだろうか、ミラはその理由をとても詳細に語った。

アルテシアらしき人物が関係していそうな孤児院のある場所が、ここよりさほど遠くない、グリムダートの北東である事。

だが詳細な地点は不明であるため、知っていそうな人物、様々な孤児院に寄付をしているという怪盗ファジーダイスを狙う予定である事。

そんなファジーダイスが今日より四日後にハクストハウゼンに現れると、予告状が出されていた事。

そして、そこを押さえるためには、時間的に考えて塔には戻れない。この場から直ぐに向かわなければ間に合わない。

と、ミラは、そのような内容の報告をした。

「そういうわけでのぅ、このまま直行する予定なのじゃが、その……行っても良いじゃろうか?」

そうミラは、まるでお伺いを立てるかのように続けた。その様子は、まるで遅い帰りの言い訳をする夫のようだ。しかしマリアナは、それらを全て静かに聴いてくれていた。

そして少しだけ間をおいて、そっと答える。『はい、当然です』と。

『寂しくないといえば嘘になります。ですが、この国のため、皆様のためにと頑張るミラ様が、私は……大好きです。ミラ様はミラ様の御用事を優先してください。それが私の、一番の気持ちです』

それは心の底からの言葉なのだろう、マリアナの声は、優しさと強さに溢れていた。会えない事が寂しいというのは確かである。しかし、それ以上にマリアナにとっては、ミラの活躍が、ミラが生き生きと冒険している事が大切なのだ。

『ただ、その……。思い出した時でもいいので、またこうして声を聴かせていただけると、嬉しいです』

ふと呟くように、マリアナは最後にそう付け加えた。それもまた心の底からの言葉だったのだろう、その声は恥じらいに満ちていた。

と、そんな事を言われて、そう想われていて、嬉しくならない者はいないだろう。当然、ミラもまた嬉しさの余り、受話器を手に悶絶する。

「わかった! 今後は、もっと連絡すると誓おう! 約束じゃ!」

勢いに任せてそう答えたミラの表情は、幸せ満開だった。更に受話器の向こう側から返って来たマリアナの声も、喜びに満ちていた。話し始めて間もないが、もう寂しさは消え去ったようだ。

それから二人は、ただただ何気ない会話を交わした。といっても語り手はほぼミラであり、内容は古代地下都市での出来事の一部始終だ。

グランリングスが大勢の冒険者で盛り上がっていた、というところから始まったミラの冒険譚。それは古代地下都市を攻略しソウルハウルと別れるところまで、順を追って続いた。

「これがまた、甘過ぎてすっぱ過ぎて、とんでもない味じゃった!」

『そうだったのですか。あのクイーンオブハートからは、想像も出来ません』

ミラが名も無き果実を食べた時の事を話すと、マリアナは驚いたように、そして楽しげに笑う。

ミラが話し、マリアナが返す。このような流れで進んでいったミラの冒険譚は、その途中、本人の了承を得てマーテルの事にも少し触れた。流石に彼女が本当に護っているものについてだけは伏せたが、多くの財宝があった事、そして召喚契約した事を、ミラは自信満々に語る。

ただ、この点に関しては、マリアナよりもクレオスの方が強く反応した。

クレオスは、二人の会話が始まったところでそっとその場を離れていたが、通信装置での会話は、塔の最上階全体に聞こえるようになっている。そのためミラが屋敷の精霊と契約したと言った時も、詳細を求めて突入してきたりしていた。その時は、武具精霊と同じような存在であり、古い屋敷に宿った精霊であるという事。成長次第で大きな屋敷を召喚出来そうだという事を説明したところで、一通り落ち着いた。武具以外にも宿る精霊と契約出来る可能性はある。それが知れただけでも、相当な進歩だと。

なお、なぜこれまでに契約の話が出てこなかったのかという疑問は、さりげなく介入した精霊王の言葉ではっきりする。

人工精霊を従えるには、主である事を示す必要がある。武具精霊ならば、戦って勝てばいいと、実にわかり易い。

では、屋敷や家具に対しての勝利基準とは? その辺りが曖昧な事が、これまで契約者がいなかった要因らしい。

そして、ミラが契約出来た事は、至極単純。精霊王の加護を持っていたからという一点だ。精霊達の頂点に認められた存在。従うには十分な肩書きであろう。

と、そういった事が判明した後、クレオスは満足げに戻っていった。

だが次に出てきたのは、まさかの始祖精霊である。その時以上の勢いと速さで、クレオスは舞い戻って来たのだ。

『何と、始まりの精霊とは……! しかも契約まで! なんて素晴らしいのでしょう。流石はミラ様です! それで始祖精霊様の召喚というのは、どのような術式から成るのですか!?』

夫婦だ何だと高揚するミラだったが、やはり九賢者にまで上り詰めた術士であるがゆえか。召喚術についてとなると、随分と熱が入ってしまうようだ。興奮気味なクレオスのその言葉から始まった召喚術談義は、またミラにも火をつけて、中々に白熱したものとなった。

マーテルを召喚するために必要なマナの調達について、ミラのような特殊技能持ち以外は、どうするのが最も効率的か。

超越召喚には、他にも種類はあるのだろうか。もしかしたら、他の始祖精霊とも契約出来たりするのではないか。

そして何より、超越召喚に必要な《アストラの十界陣》という新技能。これの習得方法は、いったいどういったものなのか。

と、これらについてミラとクレオスは、持てる知識を総動員して、考察を交わし合う。

最上級すら軽く超える未知の領域。この存在を知ったならミラやクレオスだけに限らず、塔に所属しているような術士ならば、それこそ三日三晩、寝る間を惜しんで考察に費やす事だろう。

条件などから考えて、余りにも現実的とはいえない超越召喚だが、術士にとってその魅力は、また別のところにもあるらしい。術士のロマンとでもいうものだ。

この点において、ミラとクレオスは塔で最も近しい関係にあった。ゆえに、考察は盛り上がる一方であり、終わりはとんと見えなくなっていた。

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